HAIシンポジウムは何のためか? ー 創設時の記憶からの雑感 ー

 2006年の冬に第1回HAIシンポジウムが慶應義塾大学日吉キャンパス来往舎で開催されてから,早くも10年近い歳月が流れた.私の知る範囲では,HAI,あるいはHAIシンポジウムのコアな創始者は,私と岡夏樹(京都工芸繊維大学),小野哲雄(北海道大学)の3人だったと思う.当時は3人とも,大学の准教授や企業の研究者であったが,今や中堅,いや古参の大学教授になっていることに時の流れを感じる.他の2人の方がどのような思いでHAIやHAIシンポジウムを始められたのかを推し量るのはむずかしいが,ここでは最初3回のHAIシンポジウムのプログラム実行委員長(今考えるとよく3回もやったものであるが,何も考えていなかったのであろう)を務めた者として,HAIシンポジウム黎明期のこと,そしてこれからへの期待を赤裸々に語ってみたい.なお,私自身が人工知能(特に機械学習,プランニングなど)の出身(今も人工知能学会副会長)なので,私の価値観にはその背景が色濃く出ている.


 ヒューマンエージェントインタラクションHAIとは何かというと,詰まるところ,人間と擬人化されたシステム(エージェント)からなるインタラクティブな系である.この「擬人化されたシステム」を擬人化するのは紛れもなくユーザ(人間)であり,「エージェント」の実装には,人工知能,メディアイクエーション,ユーザ自身のモデルの投影などの様々な方法がある.第1回HAIシンポジウム開催の2006年当時(正確にはその数年前から),「エージェント」というタームは,主にマルチエージェントシステムMASの分野でよく使われていた.当時,そして今もそうだと思うが,私はこのMASの研究に大きな疑問を感じていた.なぜなら,そこで扱われる系のほとんどがホモジーニアスな複数のエージェントからなる系だったからである.しかし考えてもみて欲しい.現実世界にホモジーニアスなエージェントからなる系など存在するのだろうか?(しばしば合理性と呼ばれる)全く同じ原理で行動するエージェントからなる系をシミュレートしたところで,現実世界のシミュレーションにはほど遠いように感じられた.特に典型的なヘテロジーニアスな系は,人工物であるエージェントと人間からなる系である.相手モデルの構成能力,適応能力,推論能力,計算能力,網羅的探索能力など様々な能力において,人間とエージェントは本質的に異なっているため,人間-エージェントは大きな非対称性をもつヘテロジーニアスな系を構成する.これからの社会において,人間とエージェントがインタラクションを持つことは,協調作業,人間の心理的誘導などいろいろな価値をもつため,この極端にヘテロな系を上手く構成することは非常に重要と考えていたのだが,当時のJAWS,ICMASなどの国内外のMASの会議では活発なトピックにはなっていなかった.もちろん,HRI, HCIのコンセプトは既にあったが,HRIは最初にロボットありきの研究が多く,またHCIは擬人化されたシステムとしてのエージェントを正面から扱っているとは言い難かった.


 このようなフラストレーションから,ヒューマンエージェントインタラクションHAI(この命名の由来は,はっきりとした記憶がない...)という,人間と擬人化されたシステムからのなる極端にヘテロジーニアスな系のインタラクションを正面切って扱う研究分野の開拓を目指して,まず国内外の会議(RO-MAN, IROS, JSAIなど)におけるオーガナイズドセッション,ワークショップを企画運営した.その後に手応えを得て,世界初のHAI専門のシンポジウムであるHAIシンポジウム2006を開催するに至った.それまでの研究会(情報処理学会,人工知能学会など)の主査・幹事の経験から,年数回の開催では発表件数の維持にコミッティ側が大変消耗することが危惧されたので,年一回のシンポジウム形式とした.また,いつでもやめられるように,第n回という表記は避け,年度のみの表記にした.さらに,あまりメリットのない既存学会とのしがらみを排除するために,学会との関係は「協賛」に留めた.あと,運営の容易さの観点から,紙の資料集は最初から作らず,pdfファイル資料をUSBメモリに入れたものを配付することにした.HAIシンポジウムは,元々潜在的なニーズがあったこと,さらにこのような先進的?な運営を行ったこともあってか,順調な滑り出しを見せ,今日に至っている.


 そして口頭発表である一般セッションや,プログラム委員会が選定した数本の論文について重点的に議論することを目的とした討論セッション,実際のインタラクションを体験させたり,よりざっくばらんな議論ができるポスターセッションもいつものように行われます.言うまでもなく,これらのセッションで発表される研究こそが現在のHAI研究の基盤となっている貴重なものです.


 一方,国内のHAIシンポジウムを足がかりとして,世界的な認知にとって重要な国際化も進んでいる.一昨年に The 1st International Conference on Human-Agent Interaction が北大で開催され,昨年の筑波開催,今年の大邱(韓国)開催と着実に運営されている.また,来年は,シンガポールでの開催が予定されており,再来年はヨーロッパに進出予定である.


 このように順調に進んでいるHAIシンポジウムではあるが,やはり同じテーマで10年もやっていると,閉塞感,マンネリ化は避けようもない.まだまだ開拓できていない,私と同様のフラストレーションをもつ(若手)研究者は潜在的にたくさんいると信じているので,これからその人達をどう取り込んで行くかが,HAIシンポジウムのさらなる発展への鍵と考えている.


2015年12月5日


山田誠二(HAIシンポジウム 初代実行委員長)