2020年3月6日(金)・7日(土) 専修大学 生田キャンパス 2号館

HAIとは?

HAI(Human-Agent Interaction)とは,文字通り「人間」と「エージェント」との「インタラクション」を対象とした研究領域であり,かつそれ自身が「人間は何をエージェントとして捉えるか」という問題と共に存在する研究テーマでもあります.この普遍的な問題の存在は,人工知能研究において「知能とは何か」が常に問われている点で類似しています.「人間」に関してはあえて問うまでもなく私たち自身のことであり,自由な意思(と思っているだけなのかもしれませんが)とそれに基づく行動を伴い(→自律性),自分を取り巻く環境に適応し,他者とシンボリック・ノンシンボリックなコミュニケーションを通して自分自身(自己)を有利な状況にしようとしたり,自己保存をしようとしたりします.このような人間についての定義は,「知能」の象徴的な側面であるとも捉えることができます.そしてHAIにおける「エージェント」とは,上述の「知能」をもった(もっていると見なされた)主体であると学術用語として定義されます.すなわちHAIとは,人間が何かの対象をエージェントであると認知したもの(主体)とのインタラクションのことを意味し,HAIはその対象に対する人間の認知過程を伴う可能性を含んでいるという点で,他のインタラクション関連研究とは一線を画する特徴をもっています.

 例えばHCI(Human-Computer Interaction)やHRI(Human-Robot Interaction)では,人間とのインタラクションを構成する対象は,HCIの場合ではコンピュータや情報システムによって提供される機能を効果的・効率的に利用可能にするためのインタフェースやデバイスであり,HRIの場合では基本的に物理的な実体であるロボットとなっています.そして双方ともインタラクションを構成する対象は,HAIとは異なり人間の認知過程とは独立に人為的に製作され実在しています.しかしHAIの場合,しばしば仮想的なものや主観的な存在であったり,シンボリックな表象であったり,サブコンシャスな反応によって顕在化するものであったりなど,HCIやHRIでは対象とされてこなかったエージェント固有の特性に基づく認知的な側面を含むエージェントとのインタラクションを正面から取り扱っています.実はこのようなアプローチをとることによってHAIは大きな工学的なアドバンテージを得ています.例えば,ある反応を引き起こす人間の認知機序が明らかになっていなくても,技術的な問題でモデルに基づく人工物としての実装が困難な場合であっても,人間やエージェントの「振る舞い」を擬似的に表現できればインタラクションデザインが可能になる点などです.

 現在,HAI研究において,エージェントは主に次の3つの形態に基づいて取り扱われているといえます.1つ目は仮想的なエージェントであり,その存在や機能・属性を表現するためにエージェント的な機能を仮想的な身体の表現を通して擬人化させたものや(擬人化エージェント),Apple社のSiriやMicrosoft社のCortanaなどのような対話能力を備えたインタフェースエージェント,ユーザの意思や志向に対して適応的に有益な情報提供やレコメンデーションをしたり,知的作業の代行などさまざまな知的サポートをしたりするソフトウェアエージェントなどが挙げられます.2つ目は,人間と同じ環境のもとでのインタラクションができる物理的な身体をもち,環境の情報を獲得するためのセンサや環境に直接働きかけることができるアクチュエータを備えたロボットが挙げられます.そして3つ目の形態が,私たち人間です.人間はエージェントの特性である,外界とのインタラクションを通して自律的に振る舞うシステム,という点で最も理想的でありかつ典型的な存在です.この観点もHAIに特徴的なもので,HAI研究を通して人間同士のコミュニケーションにおけるさまざまな身体的・認知的機序を構成論的に明らかにすることも期待できます.また人間同士のコミュニケーションを媒介するエージェント(Agent Mediated Communication)に関する研究もHAIにおける主要な研究トピックとなっています.

 このようにHAI研究は,人工知能・ロボティクスや認知科学・認知心理学に関する研究の他に,HCIやHRIを取り込みつつ社会心理学や発達心理学,生理心理学,脳神経科学,行動生態学,経済学,言語学,教育工学,メディア情報処理,医療・福祉工学,哲学などとの学際的な連携・融合を通じて,知性や心の認知を伴う人工物と人間とのインタラクションの分析・解明およびデザインや,エージェントを介した人間同士のコミュニケーション,エージェントの学習機能,人間とエージェントとの協調タスクと役割分担,エージェントの機能や表現,人間の心的状態の推定方法など,多様な観点での関心と課題を広く包含する総合的な研究領域といえます.さらにもう1つ,上述のような関心と課題のもとでHAIという研究領域を立ち上げ,世界的に先導しているのは日本の研究者集団であるという点も,特筆すべきものだといえるでしょう.